1145│お船曵き祭

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ソース場所:南アルプス市下宮地563 神部神社

●ソース元 :・ 現地説明板     
       ・ 土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会     
●画像撮影  : 2014年09月18日
●データ公開 : 2016年11月18日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概要]

◎ 神部神社の曳舟神事(南アルプス市無形民俗文化財 平成六年六月二十八日指定)
神部神社は大物主命(おおものぬしのみこと)を祭神とし、第十一代垂仁天皇の御代に大和国大三輪神社から奉遷されたと伝えられており、『延喜式神名帳』に巨摩郡五座のなかの一つとして記載されている。
毎年三月二日(往古は二月二日)に行われる舟引祭は、大和国から奉遷された古事に習ってその様子を再現しており、数本の矢を放って、悪魔をはらい、諸々の贖罪、五穀豊穣、天下泰平を祈願する。神事のなかで木舟の舳先に綱をつけ神主、総代が引くというのはおそらく当時の運搬手段のひとつとして、木舟を用いて内陸まで出入りしていたことを演出しているものと思われ、当時の文化流入についての様子がうかがえる遺産である。
古代における遷座の状況を神事としてこのような形で残しているものは類例がなく大変貴重なものである。

境内説明板による
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船曳き祭     中巨摩郡大井村下宮地

神部神社は大和の大三輪明神を勧請し、大祭は四月中の卯の日で、上宮地の山宮より里宮に神輿を遷し、これを西御幸と云う。その儀式は東御幸(龍王村三社神社へ一の宮・二の宮・三の宮より神幸あるをいう)に準ずる。今は毎年四月十二日を祭日とし、その前日下宮地の三輪明神より、上宮地の八幡社へ神幸があり、二夜泊まって翌日帰って大祭をする。これは春秋の山宮・里宮間の往復を、一時に済ませる略式のものである。そのとき神主が御神体を懐中し、傳嗣院の爐へ行って火にあたり、それから神輿へお乗せ申す習わしがある。またその途中、小笠原町の御所庭という御旅所で神符献上を終わり、松林の中で饗膳の式があり、これを俗に「三輪のお涼み」という。
又毎年二月二日(新暦三月二日)にお船曳き祭といい、竹と筵で船の形を造って、これを引く遷座の式がある。これは上古社前まで湖水だった頃、大和より海上を来て富士川を上り、船でこの地に渡った有様を偲ぶ祭りといわれ、神前には必ず、四丁の豆腐が供えられる。
又同じ日に「へそ祭」と云って、社の北の境内に新しく土を掘って壇を築き、注連を張り、その前に神主が座って祝詞を奏し、祭神と種々の問答があり、終わって神酒を空中に投げ上げる如くして土壇に注ぐが、これは昔大和の三輪大明神が、この地へ御渡航の際の海路の有様を語って楽しみ、又村人にも聞かせるもので、神酒を投げ上げるのは、海上の鯨が潮を吹く様であるという。これをなぜ「へそ祭」と呼ぶかはよくわからない。   (甲斐叢記・中巨摩郡誌 その他)

土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会

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