1153│為朝神社

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ソース場所:韮崎市神山町北宮地

●ソース元 :・ 土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会      
●画像撮影  : 201年月日
●データ公開 : 2017年01月05日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

 

[概要]

為朝の宮    北巨摩郡神山村武田

新羅三郎義光の氏神武田八幡宮の左方、山の内に鎮西八郎為朝の宮があり、疱瘡の願をかける。むかし八郎為朝伊豆の島より二匹の鬼を連れてこの地に来たが、ここから二十余町東の韮崎地内船山という所に、的をかけて遠矢を射られ、二匹の鬼に矢取の役をいいつけた。道のり遠く鬼共は難儀をいたし、後には射た矢を途中で取って、為朝の所へ持ってくるので、為朝も考えて管矢を射ることにした。鬼供が途中で矢を取ると、管ばかりが手に残り、本矢は管を抜けて船山に射通してしまうので、これには鬼共もワニタ(赤面した)。ワニルは甲州方言で、鬼の居た所をワニ塚という由であるが、これは鬼塚の訛音であろう。   (甲陽随筆。甲州噺)

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為朝の木像    北巨摩郡神山村武田

氏神の八幡宮の神社内に、為朝公の古い木像がある。普通の大人よりも大きいもので、むかし疱瘡が流行の時、この木像を信仰すれば必ず全快するといって、皆参拝に行った。毎年九月十五日が、この神社の祭日である。    (松のしらべ方言伝説号)

このデザインソースに関連する場所


山梨県韮崎市神山町北宮地1198  為朝神社
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