1157│地蔵が岳

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ソース場所:地蔵が岳

●ソース元 :・ 土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会      
●画像撮影  : 201年月日
●データ公開 : 2017年01月05日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

 

[概要]

地蔵が岳     北巨摩郡清哲村

昔奈良法皇が奈良田へ行幸された時、度々この山に登り安産を祈って地蔵尊を安置し給うた。以後この山を地蔵が岳といい、村人の信仰厚く、もとは一体であった地蔵尊も、追々寄進奉納する者が増して今は三体になっている。この山に登る途中に坊主小屋、経省小屋という所があるが、これは法皇のお供をして来た弓削道鏡の遺跡であるという。又この山の頂上に賽の河原と呼ぶきれいな白砂の所がある。毎朝この白砂に、七・八歳位の子供の足跡が沢山ついているという。    (口碑伝説集)

一説には、この賽の河原の地蔵様を人に知られぬ様にそっと家に連れて帰ると、御利益で赤ん坊が授かると信ぜられ、子が生まれたら、その地蔵様と同様な地蔵様をもう一体持ってお山へ登り、元通りに安置して色々の供物を上げるのが、村人の習わしとなっている。それでこの砂原(賽の河原)には大小の地蔵様が沢山並んでいて、毎年数を増すのだという。     (松のしらべ方言伝説号)

土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会
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鳥岩(地蔵が岳山頂のオベリスク)
地蔵が岳の頂上に巨大な岩石が二本立っていて、遠望すると鳥の形に見えるから、逸見筋の人はこれを鳥岩と呼んでいる。この巨岩の間は通過困難であるが、心掛けの良い人は楽に通れる。平生心がけの悪い人は中々通れなくて、無理に通ると猫になってしまうという。所によるとこの岩を地蔵と呼んでいる土地もある。 (口碑伝説集)

土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会

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山梨県北杜市武川町黒澤 地蔵ヶ岳
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