0337│乙女池の伝説

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ソース場所:富士吉田市下吉田954-3 御姫神社

●ソース元 :・ 山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」    
       ・ 内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版    
●画像撮影  : 2015年10月18日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概 要]

乙女池の伝説
昔、下吉田のお姫坂のところに、乙女池という小さな池がありました。そして道志には馬場(ばんば)という名の池がありました。
乙女池のほとりには、一軒の家が建っていて、その家には一人娘がいました。娘は都のお姫様の生まれ変わりではないかと思われるほどの器量よしで、家の人たちは「こんなに器量がよくなって、よかった。」といってよろこんでいました。
そのうち、娘のところへ、どこからか若い男が通ってくるようになりました。男は立派な身なりをした侍の姿で通ってくるのです。毎日通ってくるので両親も心配になりました。そうすると正福寺の坊様が、「あの男は蛇だから、あれに騙されるじゃないぞ。」と娘に言って聞かせました。けれども、娘はそんな話は本気にしません。そこで、また坊様が、「そんなにわしを信用しないのなら、あの男の着物の帯へ縫物針を刺し、針めどへ黒い木綿糸を通して、男が帰っていった後をたぐってみろ」といいました。
そういわれると、娘も心配になって、縫針を枕の下へ入れて、夜中に男がやってくるのを待ちました.娘は坊様の言いつけどおりに、男の帯に縫物針を突き刺し、糸をつけて男が帰っていくとき、どこまでもどこまでも糸を延ばしてみました。
次の朝になって、娘はその木綿糸をたぐって行きました。野を越え、山を越えてたぐって行きました。すると、糸は道志の馬場池の中へ入って行き、男がその池の主であることがわかりました。娘は悲しみに暮れてしまいました。せっかくこんなに遠くまでやって来て、男をあきらめなければならないのが悲しかったのです。でもどうしてもあきらめきれないのです。そこに立ちつくしていた娘は、とうとう最後には池の主に飲み込まれてしまいました。それから後、付近の人たちはこの池を乙女池と呼ぶようになったのだそうです
池は、今日では埋め立てられ、坂道になっていますが、池の伝説にちなんで、この坂をお姫坂というようになりました。そこには乙女の霊を鎮めるために、石碑が建ち、小さな祠が祀られています。また、ここの水を沸かしてはじめた湯屋が乙女湯だ、ともいわれています。

山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」
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乙女湯

むかし、お姫坂(富士吉田市)の坂下に、一軒の旅籠があった。
「お玉」という際立って美しい女中が働くようになって、旅籠の評判がにわかに高まり、毎日々々客をことわるにぎわいとなった。そんなある日、男ぷりのよい若侍が泊まってから、一目ぽれというのだろうか、二人は人目を忍ぶ仲となり、激しい恋におち、夜ごと正福寺の境内で逢瀬を重ねるようになっていった。
やがて旅籠の主人も、夜半になるといなくなるお玉に気付いた。「年頃の若い女のことだ。好きな男があっても不思議ではない。お玉のおかげで商売繁昌。できることなら連れあいとして申し分のない男であってほしい」と思っていつか打ち合ける日のくるのを待っていた。が、どうしても解せぬことがあった。それは、帰ってきたとき、草履が必ずすり切れていることであった。
ある日、夜半にお客の用事があったのに、女中のお玉がいなかったのを機会に、主人がたしなめがてら、そのことを尋ねてみると、お玉は恥ずかしうに「毎晩抜け出して申し訳ありません。私に思う人ができました。遠くから会いにくるので、草履がすり切れてしまい、代わりに私のを履いていくのです」と答えた。しかし若侍がだれか、どこの者か、一緒になる気かなど、何を聞いても語ろうとしなかった。

一方、正福寺の僧は、境内を夜な夜な訪れる者のあることを知り、様子を見ていたが、お玉が来るころになると、若侍がこつ然と現れ、別れには、お玉が見えなくなるまで見送った後、かき消すようにいなくなるのを不審に思い、ある夜、気付かれぬように黒衣を頭からかぶって近寄り、忍び見ていると、お玉が見えなくなるのを見届けた若侍が蛇に変身して立ち去るのをまのあたりにして、僧は息もできぬほど驚いた。
ことの次第は旅籠の主人へと告げられた。これを聞いた旅籠の主人は、お玉に正福寺の僧の話を伝えると共に「若者と会うな」と厳しく言うと、お玉は泣く泣く「もしやと思っておりましたが、やはりあの方も蛇でしたか、実は私も蛇です。あの方も私と同じく人間の暮らしにあこがれて、変身して人間と結婚したかったのでしょう。でも好きになってしまった者同志が蛇だったとは、やはり蛇は蛇同志ということなのでしょうか。まともに蛇に戻って、あの方と結婚します。これまでのお礼に、この地に水がわくように致しましょう」と言ったかと思うと、白蛇となって消えた。
その後、水がわき出て絶えることなく、その地に湯屋が建てられ、「乙女湯」と名が付けられ、多くの人に利用された。

内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版

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