0551│明見の天狗

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ソース場所:富士吉田市小明見

●ソース元 :・ 内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
●画像撮影  : 201年月日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

 

[概 要]

明見の天狗

小明見村(富士吉田市)で、母親一人に育てられた、山が大好きで猿のように山を駆けずり回っていた元気な男の子が、神隠しに遭ったのであろうか、急に家に戻らなくなり、あきらめていたところ、十数年を経て、ひょっこり帰ってきた。
山で天狗に行き遇い、紀州の大峯山に連れて行かれ、天狗の修行をしたということで、動作が機敏で、何につかまらなくとも屋根の上に立つくらいは当たり前、二、三歩で小御岳山に跳んだり、来客が茶を飲んでいる間に富士に登り、ユケモモを採ってきて土産に持たせたりした。
村人はいつしか、この男を天狗と呼ぶようになっていた。
ある日「京都が焼けている。御前が危ない。ちょっと行ってくる」と言ったかと思うと母親が「弁当くらい持って行け」と言う間には姿はもうなく、翌日には帰ってきて「御所の中へ入って御所車を引き出し、女官たちを助けたので、天皇様に褒められた」と言い、褒美の黒漆の菊の紋章の入った木箱入りの宝物を見せたという。
「いくらなんでもそんな話は、ほらもほら大ぼらだ」と村人は信用しようとしなかったが、間もなく京都に大火があったという話が伝えられ「火事があったことは事実とすると超能力があって遠くの出来ごとでも大事件ともなれば感知できるのだろうが、二日で京都まで往復できるわけはない」と 技はあるがほらも吹くやつ と全てを信用しようとはしなかった。
ところが、うわさも七十五日、ほら話として扱った京都行きの話も忘れかけたころ、村に火事があって、強い火勢で燃え広がってくるのを、天狗が屋根に上って、何やら書いたものを竹ざおにつるして呪文を唱えると、風向きが変って防ぎ止めたのを見て、人々は天狗の業を信じるようになった。
天狗が一番困ったことは、一人なら山中にあって木食しても修業三昧に暮らすこともできるが、親を養わねばならぬ身である。親を養うには銭がいるということであった。それには働かなければならないので、駄賃つけといって、馬の背に荷をつけて運ぶ仕事をし、銭稼ぎをしていた。
ある時、財布を持っていくのを忘れたが、毎度行きつけの須走の茶店だからいいだろうと思って、食べ終わってから「明日まで貸しといてくれ」と言うと、茶店のおばあさんは大変怒って、盗人呼ばわりした。須走の荷付けの人夫まで加わって「甲州猿」とののしった。
やむなく天狗は店先に出て、富士を拝み、天に向って「お金を貸してくれ」と言うと、お金がぱらぱらと降ってきたので、おばあさんはびっくりして、お金を受け取るどころか、地べたに座って謝った。
親が死ぬと天狗はどこへともなく姿を消した。村人は大峯山へ行ったのだろうとうわさした。

(注) 木食 = 五穀を断ち栗、榧(かや)など木の実を食して生活すること

内藤恭義(平成三年)「郡内の民話」 なまよみ出版

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