0561│蟹沢池の由来

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ソース場所:甲州市塩山上井尻690

●ソース元 :・ 山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」
       ・ 現地説明板 
●画像撮影  : 2015年10月26日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概要(蟹沢池の由来)]

昔、中井尻の隣の村の名主の息子と、貧しい百姓家の娘が仲良になりました。ところが身分が違うところから結婚は到底許される筈もなく、二人は悩みに悩んだ末ある夜人目をしのんで、あてもなく歩いているうちに、森の中の大池の淵にきてしまいました。
池の傍にあった石に若く美しい二人は寄りそって腰をおろし、その夜のやみのように暗い思いに包まれていました。ぐずぐずしていると夜が明けてしまいます。
二人はやがて「あの世でいっしょになりましょう」と覚悟して池にとびこみ、二度と浮かび上がることもなく、この世を去りました。
翌朝、村人たちが池をのぞくと大きな蟹が二匹池の中で仲良く遊んでいました。そこでその蟹は二人の化身にちがいないと村人の評判となり、誰言うとなくその池を蟹沢池と呼ぶようになり、そのあたりの地名もがんぜきと呼ばれるようになったのだそうです。
今おじいさんが、三、四代前のおとしよりから伝えきいた話では、この池にはほんとうに大きな蟹がすみ、若者が天秤棒で追いまわしていたことがあったそうです。昔は池も大きく深かったようですが、いまは畳八畳敷ほどに埋まってしまいました。
そのころは、池の北側に竹が生えていてそれにからみついた大きな藤があり、雨が降った時にはその重みで竹がたれ下がり、まるで竜が雨雲にのって下ってきたように見え、また天気になって軽くなると竹ははね上って竜が昇天するように見えて、実に壮観だったとのことです。この池のすぐ西の家の裏に大きな池があり、その外にも池が二つばかりあります。
昔はこれらの池はみんな連がっていて一つの大きな池だったのが、しだいに埋まって今のように幾つかの池になったのではないか、と言う人がいます。

出典:山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」
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諏訪大神社由緒

・  御祭神  建御名方命(たけみなかたのみこと)
・       事代主命 (ことしろぬしのみこと)
・       岡象女命 (みずはのめのみこと)

社記に曰く、天平宝字元年(七五七)南方戸美神社を勧請。同四年夏 大いに旱る。朝廷より祈雨の祈祷仰せ付けあり、同殿に 岡象女命 を祀り祈祷す。たちまち感応ありて 天の真名井の元の水降り給う。因ってこの時より郷名を「井尻」と云う。亦 豪雨 御手洗に満ち蟹数多集り住む。よって近辺字を蟹沢池(がんぜき)と云う。今尚存せり。

(境内の由緒書板より)

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