0573│牛池(長坂湖)の由来     

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ソース場所:北杜市長坂町長坂上条 牛池

●ソース元 :・ 長坂町教育委員会(平成12年)「長坂のむかし話」 長坂町役場 
●画像撮影  : 2015年02月13日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概 要]

牛池(長坂湖)の由来     (長坂上条)

白い牛に乗った神様が、長坂上条地区の入沢あたりから穂見山(現在の酪農試験場のあるあたりの山)に、稲の育ち具合を見まわりにやってきました。
そのあたりの稲作があまりにもすばらしかったので、神様は村人を招いて「酒呑場」で酒を酌み交わし、「踊り場」で舞を舞い、ひとときを楽しく過ごしました。
陽が駒ヶ岳の方角に傾いたので、神様は再び牛にまたがって出かけました。牛が「西新井」の豆畑に入っていくと豆のつるが牛の角や足にまとわりつき、牛は動けなくなってしまいました。そのうえ、豆のさやがパチパチと音を立ててはじけて飛び散ったものですから、牛は驚き狂い、つるをひきはなしてまっしぐらに走り出しました。乗っていた神様は近くの胡麻の畑に放り出され、胡麻の切り株で足に怪我をし、そのうえ目まで突いてしまいました。目が見えなくなった神様はどこへも行くことができず仕方なくこの地にとどまることになり、村人たちはこの神様を氏神様として祀ることにしました。それが穂見神社です。
そんなことがあってから、このあたりでは胡麻の代蒔き(胡麻だけをまくこと)をしなくなり、他の作物と混ぜてまくようになったということです。
さて、神様を振り落とし荒れ狂った牛は、「ホダギ山」(仏山のこと)の切り株で体を痛め、ますます怒り狂って沢を走り上っていきました。「鞍懸け」で鞍を落とし、荒れに荒れた末に(「洗い田」は「荒れた」からの変形)、沢の奥にあった池に飛び込み、姿を消してしまいました。
すると、空がにわかにかき曇り、八ヶ岳の方角から黒雲が沸き上がり空をおおったかと思う間もなく、天から一筋の大きな白い光が池のまんなかあたりに射しました。白い牛はその光に導かれて天に昇っていったのです。
そんなことがあったので、村人はこの池を牛池とよぶようになりました。
(秋山圭三・『長坂上条区誌』)

長坂町教育委員会(平成12年)「長坂のむかし話」 長坂町役場

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