0583│菅沼の由来と神明社

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ソース場所:北杜市長坂町白井沢2970 神明神社

●ソース元 :・ 長坂町教育委員会(平成12年)「長坂のむかし話」 長坂町役場 
●画像撮影  : 2016年01月07日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概 要]

菅沼の由来と神明社     (菅沼)

神明社は、その昔この地に住んでいた武士小林隼人守(こばやしはやとのかみ)の子孫が、徳川家康に従って伊勢神宮の造営にあたり、後に神社札と鏡を奉じて帰り、菅沼の古沼のあたりに造った社である。菅沼という地名は、伊勢五十鈴川の辺りに近い菅沼の地に似ていることから、名づけたという話がある。また古沼という地名があることから、スゲのはえるような沼地があったことによるという説もある。
孝明天皇の御代、大水害により池も沼も埋まり杜も大破したため、城祉である高台の現在地に、氏子の寄進により還されたといわれている。     (小林寅雄)

長坂町教育委員会(平成12年)「長坂のむかし話」 長坂町役場

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北杜市長坂町白井沢2970 神明神社
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