物語
Old Tale
#1290
山犬観音
ソース場所:都留市上谷1300 大室神社
●ソース元 :・ 内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
●画像撮影 : 201年月日
●データ公開 : 2017年12月13日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他 : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。
[概要] 昔、勝山城主 秋山伊賀守の下で厩の世話役をしていた七助と云う男がいた。餌や厩の掃除、馬の体を洗ったりと、お城から十五町ほど離れた厩に通い、お世話をしていた。通い途中の山道で、ある日兎罠にかかり、傷つき弱っている山犬に遭遇した。傷は深く発熱もしていたが、七助の看護で歩けるようになった。そして、体力も回復したのか、しばらくすると山犬は毎日、出会った峠近くで七助を待っていた。そして少し離れて七助を守るように山犬は一緒に歩くようになった。毎日、朝夕、忠実な家来のようだった。そんな日々が十年ほど続き、ある時から山犬の姿は見られなくなり、七助は山犬との永遠の別れを知りました。七助は、峠道の安全と山犬の供養を願い山犬観音を建てたと云います。
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山犬観音
七助の主人は、秋元という殿様の家臣で、お厩の世話役であったので、七助は主人の下僕として、お城から十五町ほど離れた、小野村(都留市)の馬場にあるお厩で、馬のめんどうをみるのが仕事であった。
馬のめんどうといっても、武士ではない七助は、馬の訓練などはさせてもらえず、えさとなる草を刈ったり、馬を連れ出し、竹で作ったたわしのような毛すきで馬の体をこすったり、馬小屋の厩肥(きゅうひ)を取り出し、欲しい百姓家に分けてやったりするのが仕事であった。
お厩まではそう遠くなかったが、三町ほどは山道で、鍛冶屋坂峠という小さな山を越さなければならなかった。いつもの通り山道を登って、峠近くにまつられている大室神社の切り株に腰を掛けると、神社わきの茂みから、大きな山犬が出てきたのでギョッとした。山犬は、逃げると追いかける習性があることを知っていた七助は、怖さを必死でこらえ、にらみつけた。にらみ合いに勝てば、山犬は自然に逃げていくはずと、にらみ続けたが、山犬はすぐに目をそらし、力なく座り込んだ。しかも首を上げ下げしながら、七助を見る表情は、哀れみを請うように思えた。
七助は、心に落ち着きが出てよく見ると、犬の後ろ足に、兎をとるわながかかっているではないか。バネ仕掛けの竹のわなで、足にくい込んでいて、血が出ているのである。
ふだん馬に接しているからだけでなく、動物をかわいがっていた七助は、相手が山犬ではあったが、かわいそうになって「よしよし、わしが助けてやるぞ、じっとしておれよ」と優しく声を掛けながら、それでもこわごわと近付いていった。
山犬は何の抵抗もしなかった。すべてを任せ切っている。七助はくい込んだわなをはずしてやった。山犬はよろよろしながら神社の床下に入ると、すぐにうずくまった。七助は竹の水筒から、水を口元へたらしてやった。山犬は舌を出して口の周りをなめたが、すぐに小さく首を振って水筒を避けた。山犬は弱りきっているようであった。
境内を探して、お花見のときにでも割ったのだろうか、水を入れておけそうなとっくりのかけらを見つけて水を満たし、そばに置いて家にもどったものの、一日中山犬のことが気になっていた七助は、山犬の餌にと、昼どきの休みに菅野川で捕ったウグイやかじかを手に、腰には水いっぱいに満たした水筒を結えて帰途についた。
山道をせわしく歩いて、神社の床下をのぞいてみると、山犬は今朝と同じようにうずくまったままであった。水は減ってはいたが、自然に蒸発したのかもしれない量であった。
傷は膿んでいて、高い熱を発していた。七助はドクダミを境内から探し、石ですりつぶし、汁を丹念に塗りつけてやった。山犬はされるままにしていた。水を入れ替え、魚を与えたが、わずかに水を飲んだだけであった。
翌朝は残りの魚に味を付けて持って行った。水は飲んであり、前の日の魚もなくなっていたので、七助は安心した。山犬に警戒する様子がないと見とった七助は「どれどれ傷を見せてごらん」と山犬の足を手に取ってみると、傷からうみは消えていた。それでもドクダミの汁をつけてやり、水と魚とを与えて厩に向った。
仕事を終っての帰り「もう大丈夫だろう」とは思いながらも、神社の床下をのぞいてみた。案の定、山犬の姿はなかった。「歩けるようになったな」と半分はうれしく、半分がっかりして七助は家に戻った。
山犬のことを何となく忘れかけた五日目、峠の切り通し近くまでくると、不意にやぶ陰から山犬が飛び出して七助を驚かせたが、間違いなく、すっかり元気になった先日の山犬であった。尾を振るのでなでてやろうとしたが、先へ先へと行き、下り坂にかかると、茂みの中に消えてしまった。
次の日から朝と夕方、一定の距離を置いて近寄ることはなかったが、毎日毎日同じことが操り返されて十年に及んだ。その間、山犬はあるときは他の山犬と格闘し、あるときはマムシをくわえて七助の身を守った。おかげで七助は忠実な家来を得たようで、毎日を楽しく無事に過ごすことができた。
山犬が現れなくなって、七助はその死を知り、馬頭観音になぞらえて、頭に犬をのせた観音をつくり峠にまつった。
内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
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