1511│吉田の火祭り(富士吉田市)

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ソース場所:富士吉田市

●ソース元 :・ 北口本宮 富士浅間神社hp
       ・ (一財)ふじよしだ観光振興サービスhp などを参考に書かせていただきました。
●画像撮影  : 201年月日
●データ公開 : 2018年06月18日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

「概要」

吉田の火祭り
毎年8月26日、27日に行われる「鎮火大祭」は、「吉田の火祭り」と呼ばれ、北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社の秋祭りで、現在は「鎮火祭」というのが神社での呼び方です。この火祭りは日本三奇祭と呼ばれ、国指定重要無形民俗文化財に指定されている。
「富士山のお山じまい」の祭りとして、金鳥居のある表通り(御師町)を中心に約80本の大松明が奉納され、裏通りの個人宅や(市外であっても)「富士みち」沿いの一般商家の前では、井げたに組んだ松明がともされ、また富士登山道の各山小屋のかがり火等いっせいに点火するので、町から富士山まで御神火が燃え盛り、すこぶる壮観である。

北口本宮 富士浅間神社hp、(一財)ふじよしだ観光振興サービスhpなどより参考にさせていただきました。

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祭りと穢れ
神事である祭りには、穢れは近づけてはならないものです。吉田の火祭りについても同様です。家の中で”死”があった場合、一年間その家は”ブク”があると言われ、「ブクの年は浅間神社への参拝を止め、火祭りの松明を掲げてはならない。また神輿や松明を見ることも避けなければならない。その為、祭りのときは、泊りがけで町外の親戚の家や、旅行などに出掛ける。」という風習がありました。この外出のことを「テマに出る」と言い、近所からは「テマ見舞い」と称してうどん粉や、そば粉が贈られたそうです。

今は昔からのお祭りを執り行うにも人口減少などで、「祭りに穢れを避ける」といった風習を守ると、祭り自体の運営に支障をきたしてしまい、自然とそのような風習が忘れられて行っているところが多いと思います。先人の心情・文化を知る上に、このような風習を記録に残したいと記させていただきました。

このデザインソースに関連する場所


富士吉田市 金鳥居
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