物語
Old Tale
#1243
化けの皮
ソース場所:忍野村に伝わるお話
●ソース元 :・ 土橋里木(1975年)全國昔話資料集成16甲州昔話集 岩崎美術社
●画像撮影 : 201年月日
●データ公開 : 2017年10月19日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他 : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。
[概要] 忍野村で採話されたお話。 父親が大蛇と交わしてしまった約束で、大蛇のもとに嫁がなければならなくなった娘が大蛇を退治する。ただ、このまま家に戻っても「蛇の嫁」として扱われてしまうだろうと、娘は旅に出、途中、老婆から「ガマの皮」をもらう。これを被ると汚れた婆さんに化けれる。娘はガマの皮を被り、鬼からも逃れ、ある村の長者の下で下働きするようになる。昼間は「化けの皮」で婆さんとしているが、夜になると化けの皮を脱ぎ美しい娘の姿に戻った。ふとしたことで娘の真の姿に魅了された長者の息子と、やがて娘は結婚する。 子供たちは、大蛇を退治する娘の知恵に驚き、最後にハッピーエンドになるわくわく感を、囲炉裏端で楽しんだことでしょう。
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化けの皮
昔、ある家に三人の娘があって、三人ともみんな器量人(美人)だった。その家のお父さんが、あるとき伊勢参りに出かけたが、途中まで行くと、道端で一匹の蛇が蛙(ごた)を呑みかけていた。「伊勢参りに行く途中だで、虫けらでも助けてやんべエ」そう思って、お父さんは蛇に言った。「これ蛇どの、ぜひゴタの命を助けてくれろ。そうしろば、俺家にゃア娘が三人あるだで、そのなかの一人を嫁にやるから」蛇はそれがわかったと見えて、口をゆるめたから、蛙は蛇の口からはみ出して、やっと命拾いをして、向こうの方へペンコン、ペンコンと飛んで行ってしまった。
お父さんは無事に伊勢参りをすませて、家に帰って来たが、行く途中で蛇と約束したことが心配でならない。それでまず一番大きな姉娘を呼んで聞いて見た。「そういうわけだで、いまに蛇どのがもらいに来るから、どうだ、お前が嫁に行っちゃアくれぬか」すると姉娘は顔色をかえて、「とんでもねエ、蛇のおかたなんかにゃ、俺ァいやだ」と言うなり向こうの方へ行ってしまった。お父さんは今度は中の娘を呼んで聞いて見ると、中の娘も顔色をかえて、「蛇のおかたなんかにいやのこと。姉さんのいやのような所はいとど(一層)いやだ」と言って向こうの方へ行ってしまった。
お父さんはがっかりして、末娘には聞いて見ようかどうしようかと思ったが、気をとり直して末娘を呼んだ。「姉ェが二人ともいやだというで、おめェが嫁に行ってくれなきゃア、おれの命がねェ。どうか行っちゃアくれぬか」すると末娘は顔色もかえずに答えた。「親の命とつりかえにゃアなんねエから、はい、おれが行くべエ。けんども、行くについちゃア、千なり瓢箪を千個と、針を千本買ってもれエてエ」「あァ買ってやるとも。お前の欲しい物は何でも買ってやる」父親は喜んで、すぐに町から千なりふくべを千個と、針を千本買って来てやった。
そうすると、もう蛇がいい男の聟どのに化けて、娘をもらいにやって来た。末娘は、千個のふくべに針を一本ずつ入れて、それを持参品として、その男のあとからついて行った。だんだん山奥へはいって行くと、深い谷間に大きな川が流れていたが、橋がなくて越すことができない。「おらァいま正体を現わすが、びっくりするなよ」と言うとその男はたちまち大蛇になって、谷川の向こう岸まで身体を伸ばして橋にかかった。「さア、恐くはねエから、おれン背中にのぼって渡れ」
末娘はいわれるままに、大蛇の背中を渡りながら、持っていたふくべをわざと谷川に流した。「あれ、親からもらって来た大事の物を流して困るン、早く拾ってもれエてエ」末娘の頼みだから、大蛇は谷川に飛びこんで、ふくべを一つずつ拾っては、みんな呑みこんでしまった。するとふくべは大蛇の腹の中で溶けて、針だけが残り、その針が大蛇の身体へみんな刺さってしまった。鉄は蛇には大毒で、大蛇はほうがい(大そう)苦しんだ末、腹を上向きにして死んでしまった。
末娘はどこかの里へ出ようと思って、谷川のふちをだんだんくだって行った。ところが途中で日が暮れて、あたりはまっ暗になった。末娘が困っていると、向こうの方にあかりが一つ見える。あそこへ行けば誰か人がいるに違いないと思って、そのあかりを目当てにたどりつくと、それは一軒のあばら屋で、中には一人の婆様が糸車をブンブン廻していた。
「俺ァ道に迷って困るけれ、ぜひ一晩泊めてもれエてエ」末娘がお願いすると婆様は、「おめェは、普通じゃアこんなところへ来るはずンねエが、どうしてこの山奥へ来た」とたずねた。末娘が、蛇の嫁になって来た一部始終を話して聞かせると、「おめェの話を聞いていると、有難くてなんねエ。俺ァ実はおめェのお父さんが伊勢参りに行くときに、助けてもらったカイロだ。もとは俺ンこの山の王様だったが、あの大蛇が来てからは、眷属をみんなとり殺され、俺一人になってしまった。そして今ではあの大蛇が山の王様になっていただが、おめェが殺してくれたから、今度はまた俺ン山の王様になれる。おめェのお父さんもおめェも俺の大恩人だ。さアさア中へへェって泊まるがいいだ」婆様は末娘を上へあげてお礼を述べ、いろいろ御馳走をして、親切に泊めてくれた。
明日の朝末娘が眼をさますと、婆様は「おめェはなかなかの器量人だから、普通じゃア世の中は渡っちゃアいけぬ。村屋へ行くまでには悪い鬼がいて、ただじゃア通れぬから、これをかぶって行け。これは『化けの皮』というもんで、これをかぶると汚ねエ婆さんになるから、昼の間は決して脱ぐじゃアねエぞ」と言って、ガマの皮でできた頭巾を一つくれた。末娘はその化けの皮をももらって頭からかぶり、汚ない婆さんに化けた。
里へ行く道を教わって、山をくだって行くと、途中に悪い鬼どもがいて、「どうも人臭ぇぞ、人臭ぇぞ」といいながら、鼻でそこらじゅうをぎまわり、すぐに末娘を見つけた。「なんだこんな汚ねエばんばァか。ばんばァどけェ(どこへ)行くだ」「俺ァ村屋へ塩買いに行くだ。早く通してくんな」「こんなばんばァじゃ、骨と皮ばかりで食べられねエ。早く通ってうされ(失せろ)」鬼どもはそう言って、末娘を無事に通してくれた。末娘は山をくだって村屋へ出ると、一軒の大家へ行って、ご無心いって居候においてもらった。そして庭でも掃いたり、風呂の火でも焚いたりして働き、夜は物置へ寝かしてもらった。末娘は寝るときのほかは、決して化けの皮の頭巾を取らなんだから、誰も汚ない婆さんだとばかり思っていた。
ところがある晩、末娘が化けの皮を脱いで、一番おそく風呂に入っていると、その家の一人息子の若旦那が夜遊びから帰って来て、「はて、今ごろ誰が湯にはいっているだか」と思って、すきまからのぞいて見た。すると眼のさめるような美しい女が湯にはいっていたので、若旦那はびっくりした。その女は湯からあがると、物置に帰って寝るのだが、明日の朝物置から出て来るところを見ると、汚ない婆さんになっているから、どうも不思議でならぬ。そうしているうちに、若旦那は末娘にすっかりれこんで、「物置にいるお婆を、俺の嫁にもらってくんな」と両親に頼んだ。「とんでもねエ、おめェは気でも狂ったか。あの汚ないばんばァを嫁にしてどうする気だ。駄目だ、駄目だ」と言って両親は許してくれない。とうとう息子は恋の病になって、死ぬか生きるかという大病になった。医者も薬も、易を見てもらっても効き目がなく、息子は日にまし弱るばかりだった。
大事な一人息子の命にはかえられないから、両親もあきらめて、物置にいる婆さんに、息子の嫁になってくれと言った。「とんでもねエ、おれのような汚ねエばんばァが、若旦那の嫁になんかなれようねエ」末娘の婆さんは断ったが、「息子の命にはかえられねエから、どうでも嫁になってくれろ」両親があまりたのむので、末娘はやっと承知をして、寝ている息子の枕元へ行った。
そのときはもう化けの皮の頭巾を脱いで、眼のさめるような美人になっていた。これを見た両親も、家の衆もみんなびっくりして、「なるほど、これじゃア息子ン惚れるも無理はねエ」と言って、急いで末娘の故郷へ人をやり、仲人を立てて親もとへ話をした。「あの子が無事でいてくれたか。こんなめでてエことはねエ」末娘の両親は大そう喜び、話はすぐにまとまって、盛大な祝言の式をあげ、末娘は大家の若旦那の嫁になって、一生安泰に暮らした。そして化けの皮(ガマの頭巾)は、永くその家の宝物にしたということだ。 (南都留郡忍野村 大森かめ様〔七十九歳〕)
全國昔話資料集成16「甲州昔話集」 土橋里木・編 より
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文中に話者の年齢の記載があるが、土橋里木氏が昭和初期に採話した当時の年齢。
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