物語
Old Tale
#0329
座頭ころがし
ソース場所:山梨県上野原市大野
●ソース元 :・ 内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
●画像撮影 : 2015年10月24日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他 : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。
[概 要] 甲州街道は難所続きです。八王子を越えると小仏峠の難所を越え、しばらくは相模湖や川沿いを行くのですが、上野原の先、桂川と呼ばれる辺りは深い渓谷となり、川沿いを行くのが難儀なので鶴川の渡りを渡り、ゆるゆると(鶴川ー犬目間は約8km、標高差約300m)登りながら野田尻宿を越えると犬目宿までは狭くてくねくねの山道が待っていました。狭くつづら折りの道は天候の悪い日や、わき見しながら通行すると、険しい崖に足をとられるような難所でした。
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座頭ころがし
むかし、盲人のことを座頭といった。座頭の市庵は「市ツァン」と呼ばれ、按摩を職業としていたが、あいそがよく、人に好かれ働き者であるから繁昌していた。お金はたまったが、遊べるわけではないし、家を建てても不便が増すと思うと、これといった目標はなく、たまったお金を使う楽しみはなかった。でも、客の話に聞く富士山にだけは登りたいものだと思っていた。
富士山頂でご来光を拝み、霊気にひたれば、心が洗われ身が清められ、人が変ったようになり、長生きもするし諸事願いごともかなうというので、一緒に行ってくれる人があればと客に話していたが、盲人など連れていってくれる人はないものとあきらめていた。
博打好きの黒兵衛は、人からその話を聞いて悪心を起こした。道中で市庵を殺し、懐の金を奪い、あわよくば戻って家にある金も盗もうと、客になり親切ぶりをしているうちに、市庵が富士に登りたいと話したので、待ってましたとばかり、一緒に行ってやる約束をした。
黒兵衛の心の内など少しも疑わぬ市庵は、楽しく道中を続けていた。甲州街道は上野原を過ぎると急峻となる。 沢が深く入り込むため、目の前に向かい側の道があっても、大きく迂回しなければならない。黒兵需は親切に手を取ったり、声を掛けながら旅を続けて来たが、矢坪坂に至ったとき、「小用を足す間、ここを動かぬように」と道のがけ側に待たせ、向かい側に行ってから「市ツアン」と声をかけたからたまらない。声のした方へ足を踏み出した市庵は、真っ逆さまにがけを転げ落ちてしまった。
黒兵衛は通行人の見ている中で、自然に見える事故を起こせたので内心「しめた」と、思いながらも大声で「市ツァン大丈夫か」「市ツアン死ぬなよ」と繰り返し呼びながら、がけ下へ木につかまり岩につかまりながら降りた。通行人たちも次々と降りてきたので、だれかが踏んだ石がぐらついてがけから離れ、黒兵衛の頭上に落下した。黒兵衛も市庵も引揚げられ仕組まれた事故であることなど全く知らない通行の人々の厚い看護をうけていたが、打ちどころの違いで市庵は蘇生し、黒兵衛は帰らぬ人となった。市庵は、自分を助けようとして黒兵衛が死んだことを知らされて「富士山に登りたいなど言うのではなかった」ととりすがって泣きながら「私のような役立たずが助かって、親切に私を連れてきてくれた黒兵衛さんが死ぬなんてどうしたことだろう」とうったえるのであった。その姿に人々ももらい泣きしていた。
なおも泣いてわびる市庵の見えぬ目から涙が流れていた。その時不思議なことが起きた。流れる涙をふいたその目にかねて心に描きつづけた富士が目の前にあるではないか。両手で目を覆って見なおしてみても山あいはるかに見えるのは、心に描いた富士そのものではないか。転落したはずみに脳のどこを打ったものか、市ツァンの目に光がもどったのである。「正直の頭に神宿る」とはこのことだろうか。とりわけその日の富士は、晴れわたった空に厳然とそびえ一段と神々しく見えた。
内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
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