0528│孫見祭

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ソース場所:富士河口湖町河口1 河口浅間神社

●ソース元 :・ 土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会         
●画像撮影  : 2015年11月04日
●データ公開 : 2016年04月01日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概 要]

孫見祭  河口浅間神社の例大祭。この神社の祭神は浅間大神(木花開耶姫命を指す)である。孫見祭とは木花開耶姫命の子どもである彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)と、彼の皇后 豊玉姫命の間に御子が生まれたので、これを姑神の浅間様(木花開耶姫命)がお見舞いに御神幸されるという祭。境内から御神輿と共に河口湖湖畔の産屋ヶ崎神社に向かう。

貞観六年(864年)富士山大噴火により、富士北麓にあった大きな湖「せのうみ」が埋没してしまうような甚大な被害があり、多くの人命が失われた。翌貞観七年、河口浅間神社は富士山噴火の鎮祭のため建立された。

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河口の浅間神社は後ろの山に山宮があり。俗にこれを奥の院と云う。毎年四月の初めの申の日の大祭には、神輿は産衣の小袖一領を添えて、湖畔の産屋が崎へ御幸をする。産屋が崎にはおつぼね岩という岩があり、祭神の木花開耶姫のお産を、母神が産衣を持って産見舞いに行くのだといわれ、祭りの名も古くは孫見祭といったが、今土地の人達は「めまき祭」とよんでいる。産屋が崎の南には子がえりが崎があり、河口と大石の間には胞が崎(えながさき)があり、また小立村には乳が崎があって、河口湖のまわりにはお産と関係のある地名が多い。 (甲斐国誌その他)

土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会

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