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「YAMANASHI DESIGN ARCHIVES」は、山梨県に伝わる過去の優れた物品の造形や模様、自然から得られる色彩、今に伝わる昔話・伝説を、 産業上で使用することのできるデザインソースとしてデジタル化して配信する山梨県のプロジェクトです。

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物語

Old Tale

#1133

義光山<ギコウザン>矢の堂

ソース場所:北杜市小淵沢町2139


●ソース元 :・ 境内 由緒碑   
●画像撮影  : 2016年01月07日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概要] 平安時代後期、甲斐国に本拠地を移した新羅三郎義光は、八ヶ岳中腹に一宇を建立し、自らの元服でゆかりのある三井寺の矢の観世音像を勧請安置し 義光山矢の堂 と号した。

義光山矢の堂 由緒

矢の堂観世音は 嵯峨天皇 御宇 弘仁六年(817年)正月 空海上人 加茂神社の神木を伐り、一刀三拝の式をもって四十二体の観世音を刻し、その一体を山城国の大悲山の南麓に配祀した。
天慶の乱時、俵藤太秀郷征討の命を受け、彼の 観世音像 と 大慈大悲 の御旗を賜り、関東に下向し、平将門を征討するも苦戦を強いられ、その折、彼の観世音を念ずれば、白羽の矢 飛来し将門の頭部を貫き、遂に将門を征伐する事を得た。
帰陣後、矢の観世音と称し、大津の三井寺に安置した。
天仁年間、新羅三郎義光 祈願の為 八ヶ岳中腹に一宇を建立し、三井寺の矢の観世音像を勧請安置し 義光山矢の堂 と号した。
今の 観音平 即ち是なり。 永安三年焼失し、同九年(1780年)現在の地に再建し、現在に至る。

従三位 源 重信 御詠歌

御仏の 誓いにこめし 梓弓
願いの 的に当る 矢の堂
境内の由緒碑より
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このデザインソースに関連する場所

北杜市小淵沢町2139 義光山矢の堂

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山梨各地に伝わる昔話や伝説、言い伝えを収録しています。昔話等の舞台となった地域や場所、物品が特定できたものは取材によって現在の状態を撮影し、その画像も紹介しています。