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「YAMANASHI DESIGN ARCHIVES」は、山梨県に伝わる過去の優れた物品の造形や模様、自然から得られる色彩、今に伝わる昔話・伝説を、 産業上で使用することのできるデザインソースとしてデジタル化して配信する山梨県のプロジェクトです。

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Old Tale

#0524

大幡明神

ソース場所:都留市大幡4940 機神社


●ソース元 :・ 内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版        
●画像撮影  : 2014年09月04日
●データ公開 : 2016年04月01日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概 要] 大幡明神  昔、見たこともないような大きな布(大幡)が風に乗り、この村へ飛んできて楮の木にひっかった。いくら大きな布と言え村人みんなで分けたらいくらにもならない。楮の木に引っかかったのは、この木の繊維を使えば布が織れるとの天からのお告げではないかと、研究し沢山の織物が出来るようになった。やはり大幡は神様からのお告げであったとし、それを御神体とし機神社を建立した。またこの大幡が村の名前の由来となりました。

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大幡の舞    三ッ峠の山すそに、大幡という村がある。この村がまだ湯津岩村といったころの話である。 空に一片の雲もなく晴れわたっていたある日、一農夫がいつものように畑へ出て仕事をしていて何気なく空を見上げると、天高く何かひらひらと舞うものがあるのに気づいた。農夫が「何か舞ってるぞ」と大声をあげると、畑に出ていた村人はみんな空を見上げた。 山よりも高いところを舞って、大きくなったり小さくなったり、形を様々に変えながら舞うへんてこなものは、降りるにしたがって、それが大きな幡(=布)であることが分った。見たこともない大きな幡が頭上を通り過ぎると、村人はみんなで追いかけた。三ツ峠の沢風に吹きあおられて、高くなったり低くなったりしながら舞っていた幡は、大幡川のほとり、丸の腰というところまで飛んで行き、楮(こうぞ)の木にひっかかった。 ようやく追いついた村人は、さっそく大幡をわが物にしようと、われがちに木によじ上り奪い合いとなった。そこへ村で信望厚い長老がやってきて「木の上での奪い合いなど危険この上もないこと。怪我でもしたらどうする」と厳しく叱りつけ、木から降したところで、 「どうじゃ、村の衆。相談だが、これは天からの授かり物、いくら大きな幡といってもみんなで分けてしまえば手ぬぐいがやっとじゃ。わたしはこれは神のお告げだと思う。楮の樹皮から糸をつくり、幡を織ってみろということのように思えるのだがどうだろう。楮の木から糸がとれるかどうか調べる間私のところで預からせてもらえないか。私は私で幡がどうすれば織れるか調べてみようと思うのだが」とはかった。 こうして楮の皮から糸がとれるかどうか調べる間、大幡はひとまず里長(むらおさ)のところへ預けられていたが、長老の言った通り、楮から糸がとれることが分かると、やはり大幡の舞は神のお告げであったと知り、大幡の舞い降りた丸の腰に社を建立し、幡を御神体とし、天栲幡姫命(あめのたえはたひめ = たなばたひめのみこと)を勧請し、祭神として祀った。 かくて大幡の舞は、大幡村の村名の由来するところとなり、三ツ峠に自生する楮を伐り出し、楮からとった糸を使って、たくさんの織物が織り出された。やがて大幡は織物の産地として名を得て、織物の名産地となり、後年郡内中に機業が発達していく基となった。

♪ 拝みあげます 機神様に 三日に一疋(いっぴき) 織れますように ♪

と里謡にあるように、機神社は郡内の織娘(おりこ)の信仰を集め、祭礼はにぎやかなものであった。

内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版

このデザインソースに関連する場所

都留市大幡4940 機神社

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山梨各地に伝わる昔話や伝説、言い伝えを収録しています。昔話等の舞台となった地域や場所、物品が特定できたものは取材によって現在の状態を撮影し、その画像も紹介しています。