物語
Old Tale
#0380
閻魔の鏡
ソース場所:都留市小形山665 富春寺「六地蔵」
●ソース元 :・ 内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
●画像撮影 : 2015年07月13日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他 : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。
[概 要] 一月十六日は地獄の休日。そんな日に、小形山富春寺の金山観音に一人の巡礼者が訪れ、人知れずその命を終えた。巡礼の霊は体を離れ、死んだ者全てが裁きを受ける十王堂へやって来た。閻魔さんたち十王は、いつも道を通る人を見張り、鏡に映して生前の罪科を閻魔帳に記していたのだが、休日で鏡に映さなかったし、他所の人なので記録もない。何とかして裁かなければならないのですが、閻魔さんたちもどうにも裁けないので、これをきっかけに裁きを六地蔵さんたちに任せる事とし、裁きの結果六方向に分かれる十王堂前の六辻の道は一夜のうちに一本道に変えられたと云う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
閻魔の鏡
寒気ひときわきびしい一月十六日であった。郡内三十三観音霊場めぐりをしていた年老いた巡礼者が、めぐりめぐって三十番札所、小形山富春寺の金山観音をおとずれた。
船場から川岸づたいに坂をのぼってくると十王堂の前に出た。ここで道は六辻に分かれていた。お寺の表へ廻る道と裏へ廻る道、観音堂へ上る道、村へ行く道、十王堂の前を流れる川をはさんで桂川へ下る両側の道、合せて六つのどれも同じ位の幅の細道であった。
巡礼は、堂守に道を聞いて金山観音道をおぼつかない足どりで上って行ったが、余程衰弱していたものか観音堂に背をもたれかかって座り、船場八景の一つと呼ばれる美しい桂川の景色にみとれているかのようなかっこうで息を引きとってしまった。
霊は老巡礼の体を離れ、死んだ者全てが裁きをうける十王堂へやって来た。さあ大変である。一月十六日は地獄の休日で、閻魔さんから獄卒に至るまで仕事を休み、地獄の釜のふたもあくという日である。いつも道を通る人を見張り、鏡に写しては閻魔帳に生前の罪科を記していた大王も、その日ばかりは休んでいたので鏡にも写さなかったし、他所の人なので記録も全くなかった。
いつもなら十王みんなに計らって、何とかさばきをつけるのだが、今度ばかりは何とも裁きかねた。十王のさばきとは、地獄での責め方をきめることと、地獄の務めを全て終った者に、その罪の軽重によって生まれかわる六つの道をきめてやることであった。十王堂で分れる六道は死者にとっては地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、極楽のどれかに至る道であった。
閲魔大王は十王の長として
「どうだろう我々は今までずい分、けんかしながら死者を裁いてきた。しかし今度という今度は、どう話をつけようにも話はつけられない、それに裁きを巡ってのけんかにもあきたし、いっそのことこれをきっかけにお裁きは六地蔵さんにおまかせしては」
といった。困り切っていた眷属九王も待ってましたとばかり賛成した。
こうして、巡礼は観音様の功徳で地獄の責めを受けずに済んだ。十王堂前の六辻の道は十王の眷属の手によって一夜のうちに一本道に変えられた。山の神への道は十王堂の裏から入るようにして道とはつながらないようにし、観音堂へはもっとはなれたところから分かれ道をつくり、川岸からの二つの道は廃し、富春寺境内には六体の地蔵が並べられた。
地獄の裁きを止めた十王様は、村人に喜ばれ、今に至るまで一月十六日を十王尊忌として都留市祭り歳時記の巻頭を飾る春祭りが続けられている。
内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
このデザインソースに関連する場所
Old Tale
Archives
物語
山梨各地に伝わる昔話や伝説、言い伝えを収録しています。昔話等の舞台となった地域や場所、物品が特定できたものは取材によって現在の状態を撮影し、その画像も紹介しています。