0568│高尾の馬

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ソース場所:南アルプス市高尾498 高尾穂見神社

●ソース元 :・ 山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」 
●画像撮影  : 2015年12月03日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概 要]

高尾の馬  南アルプス市高尾にある高尾穂見神社は、商売繁盛・資本金授与・養蚕の神様として広く知られている。

この拝殿に一頭の神馬が祀られている。これは、豊作が続いたある年、豊作の御礼に人々が神社に馬を奉納しようと考えたが、高尾穂見神社は山里にあり、せっかく納められても神馬の飼葉にも困ってしまうという。そんな中、彫刻師として名高い左甚五郎が来たので、白馬像を刻んでもらい、それを奉納した。流石、天下に名高い彫刻師の手によるもので、生き生きとして、今にも駆けだしそうな素晴らしい像に皆よろこびました。しかし、その晩、その像が神社を飛び出し、田畑を駆け巡り作物を荒らしてしまいました。困って左甚五郎に相談すると、さっそく綱を彫り、馬につけてくれたので、それからもう神馬が抜け出すことはなくなったというお話がある。

今は、神社まで車で行ける道もありますが、昔からお祭りの日は遠方からも参拝者が提灯を持ち、山道を登って行ったので、灯りの列が山の中を続いていったそうです。
ここの秋の例大祭では、キツネの登場する太太神楽と、資本金貸しが有名です。「資本金貸し」は、なかなか特殊で珍しい風習なので、説明します。
祭り当日のみ設置される窓口で、何種類かのメニューがありますが、例えば壱萬円を奉納すると、神社より五百萬円の章と、奉納した半額の五千円が新札で渡されます。これを資本金とよびます。神社でしっかり祈願された半額の新券を資本金にあて、商売繁盛させましょうというシステムです。もともとは、文字通り神社から資本金を借り、翌年資本金を倍にして返すという風習だったのですが、借りても翌年返済に来ない人が増えてしまったので、戦後、今のシステムになったそうです。祈願してもらった新券を大事な事に使うって、とってもご利益あるようなきがしませんか?

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高尾の馬

榊村高尾の穂見神社は、西郡の田畑を守ってくださる作神様だったのでお参りする人が多くありました。この神様には、作物のとれたお礼に神馬を納める風習があって、豊作が続いたある年のこと、平地で村々でその神馬を納めるための相談が始まりました。
ところが「おらが村は山の中で田畑ないから、お宮へ神馬いただいても飼葉がなくて困らあ、ありがてえがことわるんいい。」 と意見がまとまってそのことを名主さまへ知らせました。
名主さまも、「せっかくのことだが仕方がねえなあ、、うまい考えはねえかい」と首をひねっていました。そのときうまいことに彫刻師の左甚五郎が通りかかったので、これさいわいと木彫りの白い馬を造ってもらって、穏見神社へ納めることにしました。馬はりっぱに仕上ってお宮の厩舎に納めることになりました。生き生きとしていまにも馳け出しそうな馬をみて、神主さまも高尾の村人も大よろこびでした。
その晩のことです。木彫りの馬は厩舎からとび出して西の山田、東の谷田、山の丘畑とつぎつぎに田畑を馳けあるいて作物を荒らしました。お宮ではたいへんに困って、左甚五郎にそのわけを話して何とかしてくれと頼んだところ、甚五郎はさっそく木彫りの端綱を彫って馬の口に取り付けてくれました。
それから後はもう馬が田畑を荒すようなことはなくなり、西郡の作物もよく稔り、人々のくらしもゆたかになって、高尾さんの名は東郡から郡内まで知れるようになりました。それで年一度のお祭りには夜参りをする人が多く、二十キロの道をいとわず集まる人もありました。また馬を飼っている家では馬の災難除けになるという馬のお札をいただくため、毎年お参りに来たといいます。    (櫛形町)

山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」

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