1506│夜叉神の話

Top > Old Tale > 1506│夜叉神の話

ソース場所:夜叉神峠

●ソース元 :・ 山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」
●画像撮影  : 201年月日
●データ公開 : 2018年06月06日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

 

[概要]

夜叉神の話

御勅使川は荒れ川として知られ、土地の人たちの間では、今でも「みでえ川」と呼ばれております。それは語源の「水出川」からそういうのだそうです。 その昔、この川の上流にある芦安村に、夜叉神という悪い神様が住んでおりました。体はとても大きいのに、そのくせ身軽で山でも谷でも自由にとび歩き、あばれまわって村人を苦しめておりました。 この神は、雨雲がでると吹き飛ばし、幾日も日照りを続かせては干ばつにし、雨雲を集めては大雨を降らせて洪水を起し、山であばれて山を崩し、風を集めて暴風を吹かせ、また、どこからか悪いばい菌を持ってきては疫病をはやらせたので、村人はこれを「夜叉神のたたり」として恐れておりました。 ある夏のこと、急に生暖かい風が吹き黒い雲が空を覆ったかと思うと、それはそれは激しい雨が三日三晩も降り続きました。 この滝のような激しい雨で、芦倉山は大地をゆるがす地鳴りとともに崩れ落ち、せき止められた水は、一夜のうちに谷を湖のようにしてしまったのです。それでもなお降り続く雨のため水があふれ、せき止めていた土砂が一度に崩れて、濁流は津波のように岩や大木を押し流し荒れ狂いました。 そして甲府盆地にはんらんし、国中一帯に大きな被害をおよぽしました。 このとき、甲斐の国司の報告で、朝廷からの勅使が甲斐の国に派遣されて来たことから、この川に御勅使川の名がついたということです。 村人は、この夜叉神のたたりを恐れ、谷を一目で見わたせる峠の上に、石の祠を建てて手あつく祭りました。それからは、さしもの夜叉神のたたりも少なくなり、村も豊かになり、いつかその峠を夜叉神峠と呼ぶようになりました。

(芦安村) 山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」

このデザインソースに関連する場所


夜叉神峠
ページトップ