1211│叶が池

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ソース場所:都留市金井397 桂林寺「叶が池」

●ソース元 :・ 内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版
●画像撮影  : 2017年06月10日
●データ公開 : 2017年06月15日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概要]

叶が池

都留郡を領していた小山田氏の旧城地、中津森の館の背後に湧き水の絶えることのない叶が池(かのうがいけ)という池があった。
池は小山田氏が城の備えの一つとして、大切に扱っていたもので、城の背後の守りを兼ねた館代わりとして桂林寺というお寺を建て、僧りょに池を管理させていた。
池には、昔からの伝説があった。四季水の絶えることがないばかりでなく、日照りが続いて、作物に影響があるほどの干ばつの激しいとき、この池で雨ごいの祈りをすれば、数日にして雨を呼ぶというのである。また祈りが叶う池であるということから池の名を別名で叶井(かない)と呼んでいた。
城が谷村に移ると、村人は叶井にちなんで村の名を「金井」と称することとし、池を大切に扱った。
干ばつが続いて川の水も枯れるほどになると、雨ごいが行われることになる。村中から一軒一人ずつ出て池の周りに集まり、祭壇をしつらえ、供物をそなえ、桂林寺の僧が経を読んだ。代表者が出て、池の面を棒でたたいたり、かき回したりした。雨は龍神が降らせるものと信じられていたから、読経で龍を呼び、池をたたいて怒りをさそうという儀式なのである。ころあいを見て、池に酒を注いだ。龍に酒を与え、酒に勢を得た龍が猛り狂って天に登り雲をわかせて大いに暴れ、大雨を降らせてほしいからである。
再び経をあげ、一同合掌九拝して儀式を終わると、不思議なことに、数日のうちに必ず雨があった。村人は雨の上がった翌日、再び集まって、霊験あらたかな龍神の恩恵に感謝して、お礼の酒を池に注いで経をあげ、合掌九拝した。
ある年、例年にない日照りが続いた。十年振りとも二十年振りともいう雨なしに、とうとう村人は誰いうとはなしに「叶井で雨乞いまつりをしよう」と言い出し、桂林寺の僧の祈祷で雨乞いが行なわれた。ところが霊験はきわめて寂しいものであった。降るには降ったものの僅かにほこりを押へる程度のものでまさに焼け石に水にすぎなかった。
村人達は「こんな程度の雨では龍神に報恩参りをすることはない」とお札参りを怠った。
桂林寺といえば末寺を多く抱えた臨済宗のこの界わい切っての名刹である。村人に法力を頼られ祈祷した僧は己れの祈祷でご利益が顕れなかったことは、村人の信頼を失うこととなるので、本尊に会向し、己れに法力の授からんことを願った。
夜、夢に本尊が現れ「村民の中に叶井の霊力を信ぜず、まじめに祈らなかった者があったために雨の量が少なかった。だが少雨とはいえ降らせたにもかかわらず村民全てがお礼参りを怠った。以後龍は再びこの地にもどることはなかろう。」と告げた。
事の次第を村人全てが知ったがあとのまつり、それからというもの、日照りが続いて困り果て、同じように雨ごいの行事をしても、雨が降ってくれないことが多くなった。以来、この行事は次第に行なわれなくなった。

内藤恭義(平成3年)「郡内の民話」 なまよみ出版

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現地取材時、山梨県内は入梅宣言後にもかかわらず、冬の積雪が少なかったことや、春の降雨量が少なかったこと、空梅雨で一ミリ以上の雨がほとんど降らなかったことなどから、いたるところで農業用水は涸れ、各地で田植がままならない状態でした。
叶池ですが、こんこんと湧いているというわけではありませんが、そんな状況にあっても山からにじみ出てきた水がたまっていた。
郡内を治めた小山田氏の菩提寺としても知られている歴史のあるお寺ですが、四季折々のお花が楽しめることでも知られています。都留市の天然記念物「桂林寺の彼岸桜」、桃の花、本堂裏手の睡蓮の池など有名ですが、つつじ、さぼてん、かきつばたなど色とりどりの花が手入れされています。また、叶池のまわりには山野草の可憐な花も楽しめます。

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都留市金井397 桂林寺
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