0540│勝負が池

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ソース場所:笛吹市境川町坊ヶ峯

●ソース元 :・ 山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」
       ・ 土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会
●画像撮影  : 201年月日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

 

[概 要]

坊が峰の勝負が池
坊が峰の頂上近くに小さな池があります。この池の名を勝負が池といいます。
永正五年十月のことです。まだ幼なかった信虎(武田信玄の父)を守るため、勝山城の城主武田彦八郎信恵が、駿河の軍と勝負をかけて戦いました。
この時のいくさはとても激しくて、いく日もいく日も戦いが続いたのです。そして、この池の水は、傷つきあるいはたおれていった兵士たちの流す血で、まっ赤に染まった
ということです。
いつ果てるともない戦いが終ったとき、両軍ともほとんどの兵士をうしない、残った者はわずかで、信恵も討死してしまいました。そして勝った方の兵士たちも疲れはて、勝ちどきをあげるのもやっとの思いで足をひきずり、 まだ傷ついた人を背に、刀や槍を杖にしながらいそいで山をおりて行ったのです。
戦いの終った勝負が池に再び静けさがもどってきました。
池は満々と水をたたえ、その澄みきった水面は、吹き渡る風と時々おとずれる水鳥により、わずかにさざめくだけでした。
*
それから長い年月がすぎ去りました。
いつの頃からか、五月五日の端午の節句のあけ方に、この勝負が池のほとりに立って耳をすますと、どこからともなく軍馬のいななき、ひづめの音、軍勢のどよめき、あるいは刀のつばぜり合いの音が聞こえてくると、語りつがれるようになったのです。  (境川村)

山梨県連合婦人会 編集・発行(平成元年)「ふるさとやまなしの民話」
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勝負が池
坊ヶ峯の頂上に小池があり、勝負ガ池と呼ぶ。常に水を湛えて涸れることなく、旱天の時里人がここへ雨乞いをすると必ず験があるという。永正年中 五郎信縄の弟彦八郎信恵、同四郎義仲、勝山城(上曽根村)に拠り、小山田、河村と藤垈(ふじぬた)の坊ヶ峯合戦に討ち死にしたので、池の名もここから出たものという。 (東八代郡誌)

土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会

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