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「YAMANASHI DESIGN ARCHIVES」は、山梨県に伝わる過去の優れた物品の造形や模様、自然から得られる色彩、今に伝わる昔話・伝説を、 産業上で使用することのできるデザインソースとしてデジタル化して配信する山梨県のプロジェクトです。

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#1132

粟冠の鰍[さっかのかじか]

ソース場所:身延町相又3814 正慶寺[別名「粟飯寺」]


●ソース元 :・ 土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会   
●画像撮影  : 2016年01月04日
●データ公開 : 2016年06月24日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概要] 昔、日蓮上人が身延山に入る途中、休憩していると一人のご婦人が中食を供養した。本来仏に仕える身なので殺生は出来ないが、婦人は親切心から鰍の入った粟飯を出した。日蓮上人はそれを食べると、相又川の川辺にでて、口を漱いだ。すると、この川畔に頭に粟粒を付けた鰍が現れたので、日蓮上人が口を漱がれたとき、粟飯の鰍が生を得て川に戻ったのだろうと、粟冠の鰍と呼んだと云う。

粟冠の鰍(さっかのかじか)
日蓮上人が身延山に入る途中、相又川の岸に休んでいると、一夫人が畑からの帰路通り合わせ、上人を我が家へとお連れ申して、中食に粟飯の供養をした。その汁には一匹の鰍が入っていたが、上人は如何ともなし難く、それを食し終わって後、当家を辞して相又川にお口をすすがれた。その後この川畔の正慶寺の近くに、粟粒を頭につけた鰍が現れたので、日蓮上人由縁の珍魚と讃え、粟冠を姓とした家が数戸ある。正慶寺を粟飯の饗場ともいい今も粟冠の鰍が棲んでいる由。 (峡南の伝説)

土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会
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境内に日蓮上人の御腰掛石がある

このデザインソースに関連する場所

身延町相又3814 正慶寺

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