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「YAMANASHI DESIGN ARCHIVES」は、山梨県に伝わる過去の優れた物品の造形や模様、自然から得られる色彩、今に伝わる昔話・伝説を、 産業上で使用することのできるデザインソースとしてデジタル化して配信する山梨県のプロジェクトです。

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Old Tale

#1603

矢坪坂の古戦場

ソース場所:上野原市大野矢坪一帯


●ソース元 :・ 現地説明板   
●画像撮影  : 年月日
●データ公開 : 2022年12月26日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

【概要】

鎌倉幕府の執権として強大な権力を持った北条氏も、度重なる元寇の襲来に国力を落として(それ以前は、幕府の命で出兵し相手を平定すれば、敗者の土地などを活躍に応じて分配を受けたが、海の向こうから襲来した元寇に対しては追い払うのがせいぜいで、海を渡って大陸に向かうなどできる状況ではなかった。元寇の際に吹いた突風に蒙古軍の船が壊滅させられ、結果として日本への侵略がされなかったことを神風と呼び、神に守られし鎌倉幕府と言ったところで、費えた軍費をどうする?蒙古軍の上陸を阻むために失われた武士たちの家族をどうする?など問題が山積みになり、結果として鎌倉幕府の力が落ちてしまった)、ついには元弘三年(1333年)鎌倉幕府打倒を掲げる後醍醐天皇・護良親王の勢力に呼応した、楠木正成・足利尊氏・新田義貞らによって鎌倉幕府は崩壊し、権力を誇っていた北条氏も歴史から消えた。

室町時代後半、応仁の乱が起こるころ、戦国時代の相模国を支えた北条氏が台頭してくる。初代の北条早雲と云えばよく名前の知れた武将だが、鎌倉幕府執権の北条氏の子孫ではなく、本人は「伊勢」姓を名乗っていた。この一族が「北条」を名乗るのは早雲 死後の二代目 氏綱の代になってからだったという。戦国時代、甲斐の武田氏は相模の北条氏、駿河・遠江の今川氏と複雑にバランスをとりながら政治を行うようになっていく。

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矢坪坂の古戦場(上野原市指定史跡)
〇   指 定  昭和52年12月22日
〇   所在地  上野原市大野矢坪一帯

大目地区矢坪と新田の間の坂を矢坪坂と言い、昔は、山腹と崖との間を道が入り組む要害の地でした。
享禄3年(1530)4月23日、甲斐国の郡内領主であった小山田信有の軍勢が、相模国の北条氏綱の軍勢を矢坪坂で迎え撃ち、激戦を展開しました。戦いの末、小山田勢は敗れ、多数の死者が出たと伝えられています。
現在、戦いをしのぶ跡はありませんが、付近では時々、矢じりが掘り出されることがあったといいます。
一説によると、矢坪の武甕槌神社(軍勢神社)や新田の丹勢神社は、この戦いの際に祀られたといわれています。
〇  平成29年3月 上野原市教育委員会

このデザインソースに関連する場所

上野原市大野 矢坪坂の古戦場

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