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「YAMANASHI DESIGN ARCHIVES」は、山梨県に伝わる過去の優れた物品の造形や模様、自然から得られる色彩、今に伝わる昔話・伝説を、 産業上で使用することのできるデザインソースとしてデジタル化して配信する山梨県のプロジェクトです。

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Old Tale

#1193

岩窪の八房の梅

ソース場所:甲府市岩窪町 武田信玄公墓所内 ヤツブサウメ<県指定 天然記念物>


●ソース元 :・ 甲府市HP「おはなし小槌」 より https://www.city.kofu.yamanashi.jp/senior/ohanashi/index.html    
       ・ 土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会     
       ・ 現地説明板
●画像撮影  : 2017年02月04日(開花前)・2017年03月15日(咲き始め)
●データ公開 : 2017年02月07日
●提供データ : テキストデータ、JPEG
●データ利用 : なし
●その他   : デザインソースの利用に際しては許諾が必要になります。

[概要] 川中島の戦いの時、信玄公は喉の渇きに水を所望したが、水の用意が無く従者が梅を差し出した。信玄公がその梅を口に入れ、噛むと実が八つに割れた。その実を捨てた所には、一輪の花が咲いた後、そこに八つの実がなるようになった。後に、信玄公の廟所にその梅の木が移植されたと伝わります。

岩窪の八房の梅
(西山梨郡志より)
信州川中島で、上杉謙信と武田信玄とが戦った時の話です。
ある日、信玄公は戦の最中、咽喉が非常に乾いたので従者に水を求めた。しかし、水の用意をしてこなかったのか、従者は水の替りに梅を差しだした。
信玄公は、乾きを癒そうと従者の差しだした梅を口に入れた。梅を噛むと実は八個に割れた。信玄公は割れた実をその場に捨てた。
やがて、その実から芽がで、成木し、梅の実をつけれるようになった。しかも不思議なことにその梅の木は、一つの花が咲いた後八個の実を結ぷようになったという。
信玄公の遺体を火葬にしたといわれている岩窪町の信玄公廟所にその梅の木が移植されています。(山梨県指定天然記念物 ヤツブサウメ)
今でも、秋にはひとつの花に八個の実をつけるといわれています。

甲府市HP「おはなし小槌」 より
https://www.city.kofu.yamanashi.jp/senior/ohanashi/index.html
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八房梅 
川中島の戦いのとき、信玄公は喉が渇いたが水の用意がないので、従者が梅を差し上げた。信玄公がそれを噛むと実は八個に割れ、それを捨てたのが発芽し成長して、一個の花に八つの実がなるようになった。後に岩窪に移されて、今も機山公の墓には八房梅というものがある。 (西山梨郡誌)

土橋里木(昭和28年)「甲斐傳説集」山梨民俗の会

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<山梨県指定天然記念物>
岩窪のヤツブサウメ     甲府市岩窪町二四六
昭和三十四年二月九日指定
樹種はウメの変種で、「座論梅」ともいわれ、花は淡紅色、重弁、径二七ミリ位、一花中にめしべ七~八本のものが多い。花期は普通のウメよりも遅く、三月末頃満開となる。
実は径二〇~二二ミリと比較的小粒で、三個結実するものが多く、実が品の字に似ているので、「品字梅」ともいう。
本樹は、三個に結実する数も多く、この種の特徴をよく表しており、植物形態学上貴重な資料である。
規模は次のとおりである。
根回り        ○・八○メートル
地上一メートル幹囲  ○・七五メートル
樹高         約七メートル
地上一・二メートルで二幹に分かれる。
昭和五十五年三月三十日
山梨県教育委員会
甲府市教育委員会

現地説明板より

このデザインソースに関連する場所

甲府市岩窪町 武田信玄公墓所

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山梨各地に伝わる昔話や伝説、言い伝えを収録しています。昔話等の舞台となった地域や場所、物品が特定できたものは取材によって現在の状態を撮影し、その画像も紹介しています。